鶴ヶ城跡

ページ番号1002183  更新日 令和2年2月17日

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写真:鶴ケ城跡

鶴ケ城跡は瑞浪市土岐町鶴城地区に所在し、土岐川北側の山林に立地しています。その築城年代は明らかでありませんが、当地一体を治めた土岐氏が築城したと伝えられ、神箆城跡、高野城跡、国府之城跡、土岐城などとも呼ばれています。
戦国時代になると、土岐町を含む東濃地方は尾張(愛知県)に拠点を置く織田軍と、甲斐(山梨県)から京都へと進軍する武田軍の勢力が衝突する地域となり、永禄8年(1565)頃には高野口(土岐町か)で織田・武田両軍の軍事衝突が起きています。
また、天正2年(1574)に武田軍が恵那郡南部に進軍して明知城を包囲すると、織田信長はこの鶴ケ城と小里城(瑞浪市稲津町)を固め、河尻秀隆を城に配して武田軍に対抗しました。また、天正10年(1582)織田勢の甲斐への侵攻(武田征伐)の際にも信長は鶴ケ城に立ち寄っています。
同年に起こった本能寺の変後、城主であった延友佐渡守(土岐三兵衛信友)は東濃を支配した森長可に従わず、徳川家康を頼って鶴ケ城を離れました。その後、慶長5年(1600)の関ヶ原合戦(関ヶ原東濃合戦)の際には岩村城(恵那市岩村町)の支城(出城)となり、石田三成方に属する福岡・嵐氏らが配されていましたが、小里・妻木勢の攻撃によって開城し、直後に廃城になったものと考えられます。

写真:山頂
山頂(主郭)
写真:山頂からの風景
山頂から恵那方面を望む
所在地
瑞浪市土岐町
アクセス
JR瑞浪駅から3.7キロメートル、中央道瑞浪ICから5.6キロメートル
問合せ
瑞浪市経済部商工課
電話
0572-68-2111(瑞浪市役所)
ファクス
0572-68-9862
Eメール
shoko@city.mizunami.lg.jp

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