小里城跡

ページ番号1002181  更新日 令和3年1月4日

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写真:小里城跡(小里城山城跡)

小里城は瑞浪市稲津町小里に所在し、稲津盆地南端の城山と呼ばれる山林に立地しています。その築城年代は明らかでありませんが、土岐氏の流れを組む小里出羽守光忠が天文元年(1532年)頃に築き、以後代々の居城となったと伝えられています。
戦国時代末期になると、稲津町を含む東濃地方は尾張(愛知県)に拠点を置く織田軍と、甲斐(山梨県)から京都へと進軍する武田軍の勢力が衝突する地域となりました。元亀3年(1572年)に武田軍が美濃に侵攻すると、光忠の子光次は明知城(恵那市明智町)の遠山景行らと共に織田方となって参戦しましたが、上村合戦(恵那市上矢作町)で討ち死にしました。
また、天正2年(1574年)に武田軍が恵那郡南部に進軍して明知城を包囲すると、織田信長はこの小里城と神箆城(鶴ヶ城:瑞浪市土岐町)を固め、池田恒興を城に配して武田軍に対抗したとされます。しかし、天正10年(1582年)の本能寺の変後、光明(光次の弟)は東濃を支配した森長可に従わず、徳川家康を頼って小里城を離れました。
慶長5年(1600年)の関ヶ原合戦(関ヶ原東濃合戦)の戦功により、光親(光明の孫)は土岐・恵那郡の旧領(3580石)を回復して旗本となり、再び小里城を居城としました。しかし、その後家督を継いだ光重(光親の子)が跡継ぎの無いまま元和9年(1623年)に没すると小里氏は断絶し、小里城も廃城となりました。

写真:本丸曲輪の全景
本丸曲輪

小里城ご城印

小里城跡ご城印

【販売場所】

  • 農産物等直売所 きなぁた瑞浪 電話0572-26-8617
  • エディオン・コバヤシ電器 電話0572-68-3253
  • めん処屏風山 電話0572-68-8403

【販売価格】
1枚 300円(パンフレットは無料)

所在地
瑞浪市稲津町小里
問合せ
瑞浪市経済部商工課
アクセス
JR瑞浪駅から5.1キロメートル、中央道瑞浪ICから7.4キロメートル
電話
0572-68-2111(瑞浪市役所)
ファクス
0572-68-9862
Eメール
shoko@city.mizunami.lg.jp

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